< head >

人生の楽しみ〜ほんの少しの幸せの時間〜

はじめまして。こーちゃんと呼ばれてます。1日1日を必死で生きていますが、何のために仕事をするの?何のために今生きているの?そんなことを疑問に思いませんか?あぁ、この一瞬の為に今日頑張ったんだな!とかほっこりするような瞬間を書き綴っていきたいと思います。どうぞお付き合いください。

神戸女性教師らによるいじめ問題

今、世間を騒がせている、いわゆる『神戸教員間いじめ』問題

 

神戸市立東須磨小学校の教員4名による教員いじめ

 

f:id:ko-chanblog95:20191019103004j:image

 

被害者教師に対して『新車の屋根に土足で立つ』や『足でドアを閉める』『車内にタバコの吸殻がはいったペットボトルの水をこぼす』といった行為をしていたとの事。

 

は?小学生ですか?

 

いえ、教師(おとな)です。

 

こんなことが日常的に行われているなんて世も末だ・・・

 

そもそも、こんなことをするなんて『小学生』レベルでしょう。

 

他人が困ったり苦しんでる姿を見たいという欲望を持った人がいる事は否定はしません。

 

むしろ、自分自身にもそういった一面があるし、そこを否定されると完全に人格否定される事になってしまう・・・

 

ただ、『時』と『場所』と『相手』を選ばないといけない。

 

『時』とは、プライベートではなく、勤務時間中であれば非難されて当然である。

そもそも勤務中という時間は給与発生時間帯であるため、自分の欲望ではなく、給与支払者に自分自身の命の時間を差し出し、対価としてお金を貰う。

つまり、自分勝手な行動や、私利私欲で動いてはいけないのだ。

私利私欲で動きたければ、自分自身で起業し、すべての責任を自分自身で負える立場になってからだ。

 

 

また、『場所』も考えようだ。

職場というのは職務を遂行するための場所であり、自分のテリトリーではない。

しかも、今回は学校ないで行ったと言う。

まだ善悪の区別もつかない子供たちがいる場所だ。

 

鳥は産まれてから初めて目にしたものを【親】として認識するが、人間の子供たちは身近にいる大人を【手本】や【見本】として成長して行く。

そんな子供たちが沢山いる『学校』でやるなんて言語道断だ。

生徒たちの将来に責任が取れるのだろうか・・・

 

 

最後に『相手』だが、自分の立場を利用して、自分に歯向かえない人にするのはただの【弱いものいじめ】でしかない。

 

相手が本気で嫌がっているのか、それとも嫌がっている振りして本当は喜んでいるのか・・・

 

ほとんどは本気で嫌がっている。

 

他人から罵られて罵倒されて嫌がらせされて嬉しい人なんてなかなかいないはずだ。

 

普段のコミュニケーションの中で「自分は超ドMなんで虐められたくて仕方ないんです」なんてことを言われていたとしたら話は別かもしれない。

ただ、そうだったとしても限度というものがある。

 

自分に逆らえない人ではなく、自分が逆らえない人に果たして同じことができるのだろうか・・・

 

 

子供のいじめ問題はいつの世でも必ず出てくるが、それはまだ『人の気持ちを考える』ことが弱い子供の時代に多く起こる。

 

しかし、昨今では【煽り運転】に見られるように、いい大人が 自分の感情のままに他人を攻撃する ようになっている

日本は戦争はしない国としているが、本質がわかっていないからこのような 小さな一方的な戦争 が行われているように思う・・・   

 

 

www.ko-chanblog.work